おらおらでひとりいぐも
妻や夫に先立たれ、子どもとも疎遠になりがちで、ひとりで孤独に暮らす老人が増えていることによって、孤独死の心配などが現代の社会問題のひとつになっています。
僕の母親もまさにこの感じで、寂しくはどうかわかりませんがwひとりで暮らしています。
疎遠ならもっと親のこと大事にしろよと言われても仕方のないことかも知れませんが、まあ仕事の都合上なかなかそうもいかなくて。
でもいい加減いい歳なので、たしかに心配ではあるんですが、僕みたいな家庭の場合、皆さんどうしているんですかね。
そしてなにより、ひとりで暮らしている当人は毎日どんなことを思って生きているのでしょうか。
今回の作品は夫に先立たれた妻のひとり暮らしの日常を描いたお話。
毎日どんなことがあるのか、なにを思って生活しているのか。
老人の内なる心の声を、寂しさ1、2、3と擬人化させて賑やかに孤独を生きる日常という、ちょっと変わった設定がなんだかすごく楽しそうな感じがして、予告の段階で観たい!と思わせてくれました。
自分の母親とも重なる部分があるというのもあって、気になっていた作品でもあります。
「おらおらでひとりいぐも」早速鑑賞してまいりました。
よろしければお付き合いくださいませ。
感想
今まで必死に生きてきた桃子さんの幸せや後悔、哀しみが詰まった人生に、自分の母親と重ね合わせてしまう。
たくさんの苦労があったけど、人生まだまだこれからなんだ、これからもしっかり生きていくことが大切なんだと思わせてくれる、同世代はもちろん、その子ども世代の人にも刺さる作品ではないだろうか。
以下、ネタバレがあります。
今までの人生を振り返って見えてくること
夫に先立たれて独りで暮らす桃子さんの日常を描くことで見えてくる、今の暮らしの生き辛さや、夫との思い出を振り返ることで後悔や哀しさを知ることができ、寂しさという心の声と寄り添うことで、独りになったこれからの人生への希望も見ることができた素晴らしい作品でした。
夫に先だたれ、独りで暮らす桃子さんにやってくる、寂しさという心の声が桃子さんに変化をもたらせることになります。
その寂しさは1、2、3と3人いて、「おめたちは誰だ?」という桃子さんの問いに対して「おらだばおめだ!」と自分のことだと言われます。
そう、独りで暮らす寂しさに絶えられなかったのか、桃子さんは心の声として自分の分身を生み出してしまったのです。
突然現れた寂しさの3人はなんだかとても楽しそうで、桃子さんの暮らしのなかでたびたび話しかけてきます。
「なんでもかんでも歳のせいにしちゃいけね」とか「大丈夫だ、おめにはおら達がついてっから」と賑やかな3人に、心の中で話し返す桃子さんのやりとりがまた面白くて、笑ってしまいました。
最初は桃子さん自身も信じられなかった様子で、自分がボケてしまったんではないのかと、普段通っている町医者ではなく、大きな国立病院で診察を受けたりするところもクスっとさせられます。
朝起きるときには、「起きたってどうせなにもいい事ないんだからこのまま寝てなよ」と、どうせの声が邪魔をしてきたり。
でも確かに起きて一日なにをするのかと思えば、病院に行くか、図書館で本を借りるかだけで1日が終わっていくだけの毎日。
朝起きるのも辛そうだし、ご飯を食べるにしても、目玉焼きをひとつ作るだけで、あとはカップの味噌汁とお惣菜だったり、特に美味しいと感じることもなく済ませる。
側から見ても幸せな老後とは言い難い、無感情に近い生活をしているんだということがわかります。
こういう日常を見ていると、老人の独り暮らしってこんなに寂しいものなのかと思ってしまいますし、自分の母親もこんな感じなのかなあと全然他人事に見えなくもあって、なんだか悲しくなってしまいますね。
ちなみに僕の母親は、一日中テレビを観いていますw
寝っ転がっていつの間にか寝落ちして、起きたと思ったらまたテレビ観ての繰り返し。
外に出るのは食材を買いにスーパーに行くくらい。
趣味がない人なので仕方ないのかも知れませんが、なかなかひどいあり様です。
46億年の歴史ノートを作る趣味のある桃子さんはまだ全然マシな方だなと思いましたねw
日々の生活の中で起きる出来事によって、桃子さんは昔を思い出します。
親に決められたお見合いに納得がいかなくて、故郷の岩手を飛び出して上京したこと。
住み込みで働くことになった定食屋さんで、夫である周造と出会ったこと。
寂しさの3人にその頃の話を聞かせる、その頃の桃子さんはとてもキラキラしていて、周造と一緒だった頃がいかに楽しくていい思い出だったのかがわかります。
そんな周造に先立たれてしまったのだから、心にポッカリと穴があいたかのようになってしまっても決しておかしくはないのかなと。
そのことに桃子さんのなかでもいろいろ思うところもあったようで、その多くは後悔の感情で埋め尽くされているんですよね。
今までずっと一緒だった夫がいなくなった途端に、自分の人生にはなにも残ってないことに気付いてしまった。
親の言うとおりの人生が嫌で故郷を捨てたはずなのに、好きになったのは同郷の男であったこと。
自分は可能性に満ちた新しい女だと思っていたのに、結局夫がすべてのような生き方に落ち着いてしまったこと。
愛に生きるよりも、大切なのは自立することと歌にのせて訴える桃子さんには、常に哀しさが付きまとっているように見えます。
他にも、たまに会う娘にはお金をせびられるあたりもなんだか哀しいですし、その娘のために頑張って作った服が実は本人は嫌がっていたというエピソードなんか聞くと、娘と疎遠になってしまった原因のひとつだったのではないかと。
息子は家を出たっきり音沙汰がなくて、もう初めからいないと思うことにしたというのも寂しい話です。
夫がいないことで、今までギリギリ保たれていた幸せがいっきに崩れてしまったと言っても大袈裟じゃないくらい、いろいろと後ろ向きな感じが出てくるんですよね。
「この幸せがいつか終わってしまうなんて夢にも思わなかったあ」
周造のお墓参りに訪れたときに、若い頃の桃子さんの心の声がそう言います。
それほどまでにふたり一緒にいることが幸せだった桃子さんにとって、周造の死は受け入れがたい事実だったのでしょう。
そんな考えから、桃子さんは自分の心に折り合いをつけることになります。
「自分の一番輝いていた時はいつだ?」と振り返ったときに周造がいなくなってからの数年が一番輝いていたんじゃないかと。
自分の力で生きてみたかったあの頃のように、今自分が独りで生きているこの数年間がいちばん。
今は別々のところにいるけど、自分と周造はしっかりつながっているんだということ。
今のこの状況は周造が与えてくれたはからいだということ。
そう思うことが、自分なりの周造の死を受け入れる意味なんだと桃子さんなりの答えだったんですね。
「おらはおらでひとりいぐも」
悲しいけれどちゃんと現実を受け入れてこれからを生きていこうとする結果が、今の独りでの暮らしだったんだとわかったときは、今まで後ろ向きに見えていた景色が、とても前向きな感じに入れ替わってしまったことに観ていて思いました。
側から見たら寂しい独り暮らしに見えるかも知れないけれど、それも含めて今の自分の人生なんだなとスッと胸を撫で下ろす気分になれた気がします。
寂しさの3人が「言ったべ?最後まで一緒だ。」と最後にみんなで踊り始めるシーンがすごく暖かくて愛おしいと感じたのと、みんなで桃子さんのこれからを見守っていってほしいなあと願っている自分がいましたね。
わかりやすい演出が優しい
今作を観ていて感じたことのひとつに演出の分かりやすさがあります。
桃子さんの心の声の使い方や、寂しさの3人とのやりとりでのシーンが特に分かりやすくて、桃子さんの心情がとてもよく現れているなと。
まずは光の演出なんですが、普段桃子さんが生活している日常の時は微妙に薄暗い光加減なんですけど、寂しさの3人とのシーンになると途端に景色が明るくなって暖かい光景になるんですよね。
まるで実生活ではなにもいいことがなくて、心の中の自分と話している時だけは現実を忘れて楽しんでるかのようにとれるんですよね。
そしてそれをふかんの遠目で見たときに、心の中では寂しさの3人と楽しく踊っているんですけど、実際は桃子さんが独りで踊っているかのような虚しさであったり、一歩間違えればボケてしまったんじゃないかと思わせる引きの絵の寂しさがすごく分かりやすい演出でした。
そして心の中で寂しさの3人と話すときは、若い頃の桃子さんの声で話しているのも、寂しさとは別にもう1人加わって、今の桃子さんと合わせて5人で脳内パラダイスが繰り広げられていることに桃子さんの複雑な心情を表しているのかなって思いましたね。
他では桃子さんが歌にのせて本音を語るシーンがあるんですけど、歌を聴いている観客がヤジを飛ばすんですけど、その内容が桃子さんが周造が亡くなってからの生活で思っていたことをズバリと言い当てる内容だったのが、このシーンだけで桃子さんの気持ちがわかるようになっていたのにも上手い演出だなと感じました。
あとは笑ってしまったのが、車のレンタルリースの営業さんと契約をするときに、オレオレ詐欺の電話がかかってきて、「話を聞いちゃダメですよ」と営業さんに言われるんですけど、今この契約自体が話を聞いちゃっているからの状況なんじゃない?とツッコミたくなりましたし、そのあと娘が孫を連れてきて、桃子さんにお金を貸してほしいと頼んできたときに、以前お兄さんのことでオレオレ詐欺に引っかかっていたことがわかり、「聞くわけないじゃない」と営業さんに言っていたのは体験談から来るものなのかとそこでも爆笑してしまいました。
娘となんとなく剃りが合わないような描写があった後に、孫の話から実はお母さんは興奮すると昔の東北弁が出ちゃうんだよと教えてくれることで、娘もちゃんと桃子さんの育てた子どもだったんだと再確認できた一コマなど、細かいエピソードの回収の仕方も暖かさがあふれていて、前半の暗い毎日が、とても明るく希望に満ちた生活に変わっているみたいで幸せな気持ちになれました。
僕はあまり演出から何かをくみ取るとか、メタ的視点だとかは全然わからないんですけど、そんな僕でも感じ取ることができるわかりやすい演出にとても好感が持てました。
確かに邦画の悪いくせである説明ゼリフばっかりだと、なんだかゲンナリしちゃうんですけど、かと言ってちゃんと語ってくれないと意図を読み取ることもできないしw(未熟で申し訳ありません)
でもこれくらいのわかりやすさなら、僕でもすごく理解できたので、ちょっと視点を変えて観てみる入門編としても、すごくいい作品だったんじゃないでしょうか。
おらおらでひとりいぐもを評価!
はまはま的評価 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ 8/10
観終わったあとに、ちょこっと希望が湧いてくるような気持ちになる作品でした。
必死に生き抜いてきた人生と、これからの自由な時間をどう楽しんでいくのかを教えてくれた気がします。
自分の母親に観てもらいたくなりました。
終わりに・・・
愛する夫に先立たれた桃子さんの悲しみがすごく伝わるのと同時に、これからは自分らしく生きていこうと前向きになれて、桃子さんのこれからをずっと見守っていきたくなる素晴らしい作品でした。
自分の母親もこういうことを考えて、今を生きているのかなあと子ども側の視点からも楽しめましたし、やっぱり少し親孝行もしなきゃなとw
ホントに心が暖かくなりましたし、全力で生きていくことの大切さは今までもこれからも変わることはないんだなと思いました。
ちょいちょいはさんでくる寂しさの3人の賑やかしも笑えました。
出演役者さん達の演技力は安心してみていられるし、観終わった後のほっこり感や、人生についてちょっと考えさせられたりと見応えバッチリな作品でございました。
日常を描くにしては、すごく長い上映時間ですが、僕は全然気にならないくらい楽しめました。
桃子さん世代、娘さん世代の人たちにはぜひ観てもらいたい作品です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。