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スタンド・バイ・ミー

スタンド・バイ・ミーのクリス役リヴァー・フェニックスの弟は?ジョーカー役のあの俳優だった

金曜ロードショーで放送する「スタンド・バイ・ミー」。

この映画を知らない人はいないのではというくらい、青春映画の傑作として語り継がれている作品ですね。

皆さんは、作中でゴーディの親友として、共に少年時代を過ごしてきたクリスを演じていたリヴァー・フェニックスという俳優をご存知でしょうか。

今作で注目を浴びた彼は、一気にスターダムをかけ上がりますが、人気絶頂のなか23歳という若さでこの世を去ってしまいます。

今もなお愛され続ける、伝説の俳優リヴァー・フェニックスですが、彼には弟がいて、しかも同じ俳優をされているんです。

その俳優が「ジョーカー」で有名なホアキン・フェニックスだったのです。

僕は昔の名作と呼ばれる作品をほとんど観たことがなく、リヴァー・フェニックスのことも知らなかったので、「ホアキンのお兄さんなんだ」とびっくりしました。

そこでこの記事では、映画好きな方を除いて、意外と知られていないこの事実について書いていこうと思います。

よろしければお付き合いください。

リヴァー・フェニックスの生涯

1970年8月23日に本名リヴァー・ジュード・ボトムという名で、アメリカ・オレゴン州マドラスに生まれたリヴァー・フェニックスは、貧しい家庭の5人兄弟の長男として育ちました。

10歳の頃、母親の仕事の関係から、CMやテレビシリーズの俳優を経て、1985年「エクスプローラーズ」で映画俳優としてのデビューを飾ります。

同作品では、あのイーサン・ホークもデビューしており、共演をきっかけに親しい間柄になったと言います。

そして翌年の1986年に「スタンド・バイ・ミー」の大ヒットにより、彼の名は全世界に知らしめることになりました。

リヴァーが人気俳優の仲間入りを果たしたことで、貧しい家族に初めて車を買うことができたというエピソードは有名な話です。

さらに1988年に「旅立ちの時」で演じたダニー役で、アカデミー助演俳優賞にノミネートされたリヴァーは、ますますスターダムへの階段を駆け上がっていきました。

1989年には「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」で、若き日の主人公インディを演じ、大きな話題になりました。

そして彼のもうひとつの代表作といってもいい、1991年「マイ・プライベート・アイダホ」で、ヴェネツィア国際映画祭男優賞を受賞するだけでなく、キアヌ・リーブスと共演したことも、大きな関心を集めました。

そんな順風満帆なリヴァーに突然不幸が襲います。

1993年10月31日、ジョニー・デップが経営するナイトクラブ「ザ・ヴァイパー・ルーム」の入口近くで倒れているのが見つかり、急いで病院に搬送されるも帰らぬ人となりました。

原因はヘロインとコカインの過剰摂取による心不全で、23歳という若さでこの世を去りました。

生きていれば50歳、ジョニー・デップキアヌリーブスのようなレジェンド俳優のひとりになっていたかもしれません。

今もなお語り継がれる伝説の俳優リヴァー・フェニックスは、永遠にファンの間で輝き続けていることでしょう。

兄の背を見て育ったホアキン・フェニックス

冒頭で説明したリヴァー・フェニックスの弟がジョーカー役の俳優という話ですが。

貧しい家庭の5人兄弟の1人として、偉大な兄の後を追って、俳優の道を志す少年こそが、あのホアキン・フェニックスなんです。

そして、兄リヴァーが心不全で倒れたその時に、実は彼も一緒にいたんですね。

救急車を呼ぶために119番通報したのがホアキン本人でした。

目の前で愛する兄の死を目の当たりにしたショックは、計り知れないところでしょう。

彼は一時、映画界から距離を置くことになりました。

やがてリヴァーの代表作「マイ・プライベート・アイダホ」のガス・ヴァン・サント監督の「誘う女」で復帰をすると、以降数々の話題作に出演し、映画賞の常連となっていきます。

グラディエーター」でアカデミー助演男優賞とゴールデン・グローブ賞にノミネート。「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」で主演男優賞にノミネートと、ゴールデン・グローブ賞受賞。

ザ・マスター」で主演男優賞にノミネート。

「ザ・マスター」「her/世界でひとつの彼女」「インヒアレント・ヴァイス」で#年連続でゴールデン・グローブ賞にノミネートするなど輝かしい実績を積んでいきます。

そして2019年の「ジョーカー」にてアカデミー主演男優賞とゴールデン・グローブ賞主演男優賞を受賞しました。

同年のトロント映画祭での功労賞受賞スピーチでは、ある出来事が起きます。

リヴァーの死後、兄について語ることのなかったホアキンが、兄との思い出を語ったのです。

「私が15歳か16歳の時、リヴァーが仕事から帰ってくると「レイジング・ブル」のビデオテープを持っていて、私を座らせて一緒に見ました。翌朝、私を起こして、もう一度、一緒に見ました。そして言ったんです、『お前はまた演技をするんだ。これがお前のすることだ』と。彼は私の気持ちを尋ねたのではありません、ただ言ったのです。私は彼がそうしてくれたことを感謝しています。演技は私に素晴らしい人生を与えてくれましたから」

俳優から離れていたホアキンを復帰に導いたのは、リヴァーのおかげだったことを語り、

兄への感謝を口にしたそのスピーチに、会場の誰もが感動したに違いありません。

終わりに・・・

今や兄の実績を大きく上回る活躍を見せるホアキン・フェニックスの姿は、リヴァーにどう写っているのでしょうか。

多くを語らないホアキンですが、そこには確かに深い絆で結ばれていることがわかるエピソードでした。

スタンド・バイ・ミーから35年の時が経ち、いまだに語り継がれるリヴァー・フェニックスという俳優の、意外な事実はいかがでしたでしょうか。

作品に華を添える俳優の世界にも、色々驚きの事実があることがわかりました。

昨年生まれたホアキンの息子さんの名前がリヴァーと名付けられたと聞いて、なんだか胸が熱くなりました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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はまはま
初めまして。 はまはまと申します。 好きな映画やスポーツやエンタメなどについて書くブログを始めました。 語彙力がないヘタクソな文章ではありますが、いろいろと書いていこうと思います。 よろしくお願いします。